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[ コラム ] 2010年01月29日

 山羊、羊、ラクダ、牛、そして馬の乳を利用する乳酒。多くの酒が農産物を原料にしているのに対して、乳酒は唯一、動物源の酒である。

 動物の家畜化によって生まれた乳製品。人間と動物の乳との関わり合いは1万年前に遡るらしい。乳酒もバターやチーズと同じく、古代からの文化を伝える大切な逸品と言えよう。

 乳酒に関する最古の記録はヘロドトスのものだという。それによると、乳酒はスキタイ人のもので、それは発酵した牛乳から造る酸性ビールに似た飲み物であるという。スキタイはイラン系民族で紀元前8世紀頃に轡(くつわ)を発明し、やがて馬上弓射法を会得して、史上最初の完全な騎馬民族となった。このスキタイ文化を取り入れたのが匈奴だと言われている。

 乳酒は、スキタイをはじめとする西アジアから東アジアの広大な草原やステップ地域の遊牧民族に受け継がれてきた伝播の酒といえる。史的に伝えられる民族は、キンメリア、スキタイ、サルマート、匈奴、東胡、月氏、鮮卑、丁零、高車、柔然、フタル、突厥、ウイグル、モンゴルなどがある。

 山羊乳酒は、ロシアやブルガリアではケフィール、モンゴルではエラーゲと呼ばれ、馬乳酒は、中央アジアではクミーズ、ケミズなど、突厥語ではコスモス、その他ではカモスと呼ばれる。モンゴルでは2300年前から乳酒が作られているという。単にアイラグといえば馬乳酒を指すが、動物の違いで呼び方が変わるようだ。馬乳酒はグーニー・アイラグ、ラクダ酒はインゲニ・アイラグ、牛乳酒はウオーニー・アイラグという。

 マルコ・ポーロは『東方見聞録』で「馬乳を皮袋にいれ、その袋をながい間、棍棒をもって打ったり、攪拌したりして、中の乳を振とうすることによって造られる酸味を帯びた酒が乳酒」と述べている。チーズをつくる過程の中で生まれる液体部分を発酵させて乳酒にするようだ。

 乳酒は、アルコールの低いことからも、乾燥地帯での水分補強の飲料であり、乳の保存法のひとつという考え方も見受けられる。乳酒のアルコール度は原料の乳糖含有量に左右されるが、山羊と羊<牛<ラクダ<馬となり、馬乳が最も高いようだ。



[ コラム ] 2010年01月22日

 バイブルの中にもパーム椰子の酒が登場するという。それくらい古くから飲まれてきた酒である。椰子は熱帯、亜熱帯各地に様々な種類が分布していて、2000年前にプリニュウスが約49種類あると記述しているほどだ。

 当然、椰子酒の原料となる椰子も様々である。北アフリカから中東、インドにかけては棘椰子の酒が造られ、熱帯アフリカではラフィアヤシ、アブラヤシなど様々な種類の椰子が酒造りに利用されている。東南アジアからミクロネシア、カロリン諸島、メラネシアの一部にかけては、サトウヤシ、ニッパヤシ、ココヤシなどが酒造りに利用されたようだ。

 実は、椰子酒は実の汁ではなく花の汁で造る。マルコポーロも実から汁をとると勘違いしていたらしい。汁の採り方に関してはいろいろあるようだ。「花の周りの大花包を刺し通すと、シロップ状の液が出る。これを集めたのがパーム酒である」「椰子の花軸が30〜40センチメートルぐらいに伸びた頃、周りにロープを巻きつけて結び、その先端を切断し、そこに容器を取り付けておくと、汁液が溜まる。2〜3日で酒になる」などの記述がある。

 ギリシャのヘロドトスは「古代のエジプト人は、ミイラを作る際に、パーム椰子の酒を使った。内臓を取り出した後の洗浄に使った」と記している。パーム椰子の実は、エジプトからオリエント一帯にかけて人々にはなくてはならない食料資源だった。それを原料にした椰子酒と没薬、肉桂、その他のスパイスの香膏がミイラ作りに不可欠であった。



[ コラム ] 2010年01月15日

 蜜酒も神話に出てくるぐらい古い酒である。現在でも飲まれている酒であるが、蜂蜜から出来ているせいか、ワインやビールほどメジャーに飲まれていない。

 メソポタミアや古代エジプトには既に養蜂が普及していたという。ヨーロッパの岩絵にも描かれているようだ。中国では7世紀には蜜酒があったとされ、エチオピアやケニアにも登場している。

 中世でも蜂蜜は簡単に手に入ったようで、貯蔵がきくので家庭でも蜜酒は普通に造られていたようだ。蜂蜜を薄めただけでは酵母にとっては栄養分が不足して発酵しにくいので、さまざまな果汁が混ぜられるようになった。

 蜂蜜にブドウ汁を加えたものをピィメント(Pyment)、リンゴ汁を加えたものをシスター(Cyster)、麦芽の諸味を加えたものをメテグリン(Metheglin)と呼ぶ。イングランドではミード(Mead)としてピィメントの一種を造っている。

 蜜酒が登場する話はけっこう多いようだ。特に有名なものとして北欧神話の中に次のような話がある。

 アスガストの神々とヴァニールという海の国の神々の間で戦争が起きた。長い戦いの末に仲直りの人質として海の国からニオルド親子、アスガルドからはヘニールが選ばれ、平和の印に一つの壺の中に唾をはき、その唾液でクワシール(知識という意味)という人間をつくった。クワシールは世界を旅して人々に知恵を授けていたが、腹黒い小人の兄弟に殺され、その血を二つの大壺と一つの鍋に入れ、蜂蜜を混ぜて蜜酒をつくった。この蜜酒は不思議な力を持っていて、飲むと詩人になって美しい歌がつくれるようになるという話である。

 また、天上のワルハラという大広間の上に覆いかぶさったイグドラシル(トリネコ)の梢にヘイドルンという一頭の牝山羊がいて、その大きな乳房から無限に蜜酒をほとばらせ、主神オーディンがご馳走と蜜酒で宴会をするという場面もある。

 蜂蜜に関しては、古代エジプトの物語が話のネタになるだろう。蜂蜜の起源の話だ。

 昔、ある時にラー神が涙を流した。すると、その落ちた一滴の涙が一匹の蜂に変わった。蜂はすぐに巣を作り、忙しく花の間を飛び回って蜜を集めた。こうしてエジプト人は蜂蜜を知ったという。

 蜜酒もワインやビールと同様に、人間の歴史とともに歩んできた酒である。しかし、今では蜜酒ベースのカクテルぐらいでしか、飲む機会がないようだ。そんな時、こうした神話を添えてあげたいものだ。